カテゴリ:ジョン・アーヴィング( 1 )

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前半は、4歳の娘のルースを捨てて家を出た39歳のうつくしい主婦マリアンが主人公でした。後半になってくると、時が流れて母親に捨てられた娘のルースがいきなり40歳まぎわのおばさんになって主人公にのし上がってきた。時間の流れがあまりにも急激なために、まるで映画「ニューシネマパラダイス」の主人公の少年が突然中年になったあの時のような軽い衝撃をうけました。


娘を捨てて家を出たマリアンはその後、カナダに移住し、自分の正体を隠してB級推理小説家になっていた。そして事故で死なせた息子たちを、「行方不明」ということにして、シリーズ小説を書いていた。死んだ人間を物語の中で蘇らせるために彼女は作家になったのだと思う。マリアンが再び自分の娘と会うのは75歳のおばあちゃんになってからです。ややこしいのでもう一度時間の流れを整理してみます。


4歳の娘と39歳の母親が生き別れになる。
ここが物語のスタートポイントです。
そして36年の時間が経過し、娘が40歳になり、母親が75歳になったときに2人は再開する。
ここが物語のゴールです。


そのあいだに、さまざまなことが起こる。自殺、突然死、殺人事件、レイプ。作者特有のユーモアでやさしくそれらのテーマを包み込んでいるから重くは感じません。とにかく本当に重厚な人間ドラマなのです。


なぜ母親のマリアンは娘のルースを捨てたのか?

それはルースを失いたくなかったからです。


「愛さなければ失わなくて良い」という理論がここでは成立します。


この作品を最後まで読めばその意味が痛いほど分かるかと思います。マリアンは母親失格かもしれないけど、娘を捨てることで生きることを選択したのです。人間はそんなに立派な生き物じゃない、ということです。愚かで弱くて、だけど最後には再生できる。それがマリアンです。ルースは自分を捨てた母親に腹をたてていた。しかしルース自身が大人になり、結婚し、子供を産み、最後になって母親をこう評します。


「ママがあのとき、自殺しなかったのは奇跡だ」


たしかそんな台詞だったと思います。75歳になってようやく娘のルースと再開したマリアン。ルースは母の姿をみて涙を流します。そのときマリアンの言った台詞に鳥肌がたった。それは笑えば良いのか泣けば良いのか分からない感じの感動です。泣き笑いできる、というのがジョンアーヴィングの世界観にはあると思います。
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