カテゴリ:ヘミングウェイ(4)( 4 )

e0065456_2193850.jpg

(キリマンジャロの山頂)

アフリカの最高峰キリマンジャロの麓まで妻のヘレンといっしょに狩猟にやってきた小説家のハリーは、壊疽によって瀕死の状態に陥っている。
「おれはこれから死ぬだろう」と本人も言っているように、これは彼が助かるか助からないかという問題の話じゃなくて、死ぬ間際の人間の物語と捉えます。彼は朦朧とした状態で、死ぬ寸前に自分が今まで歩んできた人生を振り返ろうとします。死ぬときは過去のことが走馬灯のように浮かんでくると言いますが本当でしょうか。いくぶん感情的に主人公が自分の過去を振り返ります。そばで妻が看病しているにもかかわらず男の孤独の深さが伺えます。

孤独といえば、この小説のはじまりが素晴らしい。私が褒めるまでもなくこの小説の出だしは超有名なので要約しますと・・


キリマンジャロは標高6076メートルの雪に覆われた山であり
その山頂近くに干からびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている
それほど高いところで豹が何を求めていたのか?


という文章です。理由は分かりませんがその豹はそこに辿り着くまで恐ろしく孤独だったことでしょう・・・・。たぶん死ぬ姿を誰にも見られたくなかったんじゃないかな・・。死期を悟った豹は誰の目にも触れない場所で静かに息を引き取りたかったのではないだろうか。でも凍り付いて固まってしまっているわけだから完全にバレバレでした(^^
豹だけに氷変(ひょうへん)!
それはともかくキリマンジャロの情景が目に浮かぶようなそういう小説でした。
ちなみにキリマンジャロの雪はヘミングウェイの短編集の1つなのでまずは短編集を購入しましょう♪
[PR]
e0065456_21365313.jpg


海を舞台にして主人公が敵と戦う様子はメルヴィルの「白鯨」に似ている。「白鯨」はエイハブ船長がクジラと戦うもので、「老人と海」はサンチャゴ老人がカジキマグロと戦うものですね。 しかし両者が決定的に違う点は、敵に対する描かれ方です。白鯨における敵の鯨は復讐の対象であり、老人と海におけるカジキマグロは尊敬の対象として描かれていると考えます。 

本作は男くさい作品だと言われますが私はそれよりもあたたかさを感じる。つまりサンチャゴの男らしさよりも彼のもつ不思議な優しさが私は印象に残りました。巨大カジキマグロと海で戦っている最中も彼は「このやろーくそったれー」なんて下品なことは言わずに常に自分の戦う敵を尊敬し、敬意を払っている。たぶん自分が敵に殺されても根に持ったりしないはずだ。それどころか「お前はやっぱりすごい奴だ。敵ながらあっぱれだ」なんて言いそうなそういう老人でした。

サンチャゴ老人と少年の交流もとてもあたたかくて好きです。とくに2人で嬉しそうに大リーグ野球の話をするときのあたたかな雰囲気は素晴らしいものがあります。これは舞台がキューバなので、

キューバから見た

大リーグが描かれてる。


2人はまさに海の向こうの大リーグ話を真剣にしているのである。サンチャゴはたしかヤンキースファンでジョー・ディマジオのことをいつも楽しそうに話している。もしかしたら「博士の愛した数式」という小説の、博士と子供の交流は「老人と海」に影響を受けているのではないでしょうか。ちなみに大リーグには「マーリンズ」という球団がある。マーリンズはマカジキという意味です。 これはヘミングェイーの「老人と海」で、老人と死闘を演じた勇敢な魚にちなんで命名されたようです。(カジキマグロとは、かじき類(マカジキ科とメカジキ科)の総称)

e0065456_21452835.jpg

←マーリンズのマスコットの魚

ヘミングウェイーは主人公の敵である魚を尊敬の対象として描ききった。だからこの魚は永遠に強くて立派な生き物として人々の心に刻まれているのだと思います。
[PR]
e0065456_18513044.jpg


タイトルはイギリスの詩人ジョン・ダンの詩から引用されたようです。
小説の舞台は1936年からはじまったスペインの内戦。
じっさいにヘミングウェイもこの内戦に外国人として参加していました。
内戦は人民戦線政府と、右翼フランコ将軍の戦いであり、結果はフランコ側が勝利します。

ヘミングウェイは負けるほうの人民戦線政府を支援していました。
したがってこの小説の主人公のアメリカ人ロバート・ジョーダンも負ける側にたって戦っています。さすがに一流作家だけあって、アメリカ人の目からみたスペイン人の特徴を仔細に描いている。やはり実体験にもとづいた小説は読み応えがあります。
私はスペインサッカーをいつも観ているのでスペイン人のイメージはだいたい知っていますが、彼らは情熱的で攻撃的ですね。ロバートジョーダンは、そんなスペイン人を相手に神経をすり減らしながらも、そこでスペイン娘マリアに出会い恋をします。
この小説は反戦小説じゃなくて、やはりラブロマンスものでしょう(死語?)

先ほども言いましたが主人公は負け戦をしている方に属しているので、その恋もわずかで終わります。しかしわずかだからこそ激しくて美しい。まるで線香花火の燃え尽きる前の一瞬の輝きみたいに・・。最後は爆撃機が登場してジョーダンたちを一気に壊滅状態に追いやります。その外面描写は徹底しており圧巻のひとこと。

小説はここで終わりますが、ここからちょっと歴史の話になります。

この戦争でジョーダンが支援した人民戦線政府は滅び
敵であった反乱軍のフランコが政権を握ります。
その後フランコは独裁政治をおこなう。
そしてスペインに住むバスク人にバスク語の禁止を強制したりもした。
最近亡くなったシドニーシェルダン氏の小説に
「時間の砂」という作品があります。
これは独裁者フランコとバスク人の戦いが描かれています。
「誰がために鐘はなる」の続編に近い内容だと思います。

この2作品を読んで
WOWOWに加入して
スペインサッカーを観戦すれば
あなたもスペイン通です!

(ちなみに私はWOWOWの関係者じゃありません)
[PR]
e0065456_23562430.jpg



ヘミングウェイの愛した「狩猟」がテーマの短編です。

主人公の男(マコンバー)は、狩猟中、
ライオンを前にして恐怖心から逃げ出すと、その妻は愛想を尽かしてしまう。
男は、自己嫌悪に苦しむが、ある日、水牛を追跡することになり、
ついに恐怖心を克服する。

だが、男は恐れずに、突進してくる水牛に立ち向かうが、
銃は何度も急所をはずし、ついに水牛にのしかかられる─。


題名が意味する「短い幸福」というのは、男が死ぬ間際に、ほんの一瞬だけ、
勇気を持った男として生まれ変わることができたこと指すのだと思う。 

だけどなぁ・・。
狩猟とは、生き物を食べるために殺すのではなく、娯楽として殺すためのものです。

銃でライオンや水牛を殺すことが、男として勇気があることなのか?
意味なく生き物を殺すことが本当に男のロマンなのか?

私には理解できない。理解できないけど、それが人間なのだと思う。

テレビゲームというのは、銃や剣で生き物を殺すものばかりだし、
映画も、正義が悪を倒す(つまり殺す)ものばかりだし、
小説は殺人が起きないと人気が出ない。

人間の攻撃性って、恐ろしい。
[PR]