カテゴリ:レイモンド・カヴァ( 1 )

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日本の多くの読者は、村上春樹経由
レイモンドカヴァーに辿り着いた人が多いのではないでしょうか。

これは盲目の老人に、見たことがない大聖堂がどのようなものか説明する物語です。

その方法は、紙とボールペンを用意し、目の見える男が大聖堂の絵を描き
その手に触れた盲人がそれを追体験するというもの。 

これを読み、「見えないものが見えてくることがある」と批評していた人がいましたが
私はすこし違うと思う。

たしかに目が見えなくても、想像することによって、見えてくることはあります。

しかし一度も見たことがないものは、やはり見えないのです。

私たちは映像がなくても、小説のなかで「映像」を想像する力があります。
でもそれは今まで見てきた映像が頭のなかにストック(蓄積)されているからだと思う。

私は、外国の長編小説を読んでいると
ときどき、さっぱり状況が分からなくなるときがあります。
まさに目が見えない状態になります。

それは私の頭の中に、その映像が、ストックされていないからだと思います。 
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