カテゴリ:司馬遼太郎(5)( 5 )

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これは資格を取ろうとして頑張っている人の物語です。

江戸城の奥医師松本良順と弟子の島倉伊之助が主人公。黒船到来・幕末によって日本は何もかもが変わってしまいました。政治がかわりそして医学がかわる。それまでの漢方医学一辺倒から、蘭学が求められるようになります。つまり医者に求められるニーズが激変したということです。医者にとっては、時代が変わったのに、いままでどおり漢方医学だけで仕事をしていても患者から見捨てられてしまいます。だから蘭学を学ばなければいけないというわけです。松本はポンペという外国人医師から蘭学を学ぼうとします。

わたしはこの小説が好きなんですよね。

今私が勉強している税理士試験と、松本良順たちがやろうとしていることは一緒だからです。松本は医学の分野で取り残されないようにと思って資格を取ろうと頑張っている。そういう見方をしました。

黒船の到来というのは

現代のサラリーマンにとっては

「会社の倒産」というメタファーだと

思ってください。



分かりますか?松本は江戸幕府にとって偉大な医者であるわけですが
その幕府がいまなくなろうとしているのです。
どんな時代であっても、現状は常に変化すると意識しなくちゃいけないのです!!
私はそう考えて勉強しています。

世の中、現状は変わらないと思っている人は非常多いと思う。
しかしそういう考えではいつかは痛い目を見ます。
会社は倒産せず、定年まで働く・・・というのは幻想です。
絶対にそのあいだに信じがたい「変化」があるはずです。それは必然です!
あはたはいつか会社以外の場所で自分の能力を試される時期がやってくる。


蘭学を急いで学ぼうとした医者たちの気持ちは、痛いほどよく分かる。
それは期待感よりも不安や危機意識のほうが強かったように思う。

そして倒幕によって文明開化が起こるわけです。

この小説は時代の変化に

翻弄されながらも

その変化を肯定し、

自分をレベルアップさせようと

必死に頑張っている人たちの物語


入社して5年ぐらいたってだんだん落ち着いてきたサラリーマンには必見ですね。
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司馬さんのベスト3は?

と問われれば迷うことなく私は次の三冊をあげる。
「竜馬がいく」「坂の上の雲」「翔ぶが如く」

本作は西郷隆盛を中心とした薩摩藩のことを描いた長編小説。しょっぱなから笑えます。 薩摩男の川路がパリで、うんこを列車の窓から放り投げる(^^ 司馬先生らしからぬ、しもネタからこの壮大な物語は幕をあけるわけです。本作で強烈に印象に残った言葉は「薩摩隼人」。薩摩隼人と聞くだけで畏敬の念を覚える。それをひとことでは説明ができないのですが、彼らはとくにかく強い、真の武士、猪武者、そして朴訥、無口、誠実。そんなイメージがあります。「ラストサムライ」という外国人がつくった映画に出てくる武士は典型的な薩摩隼人のイメージだと思います。薩摩隼人が敵を暗殺するとき、後ろから相手を通り過ごし、いきなり振り返り、相手の正面から、「きゃっ」と奇声をあげてばっさり剣で一刀両断するのである。そんな斬り方されたら真っ二つにされちゃうかも(苦笑) とにかく薩摩隼人は戦士である。

(これが恐るべし薩摩隼人の武者たち)
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薩摩と並ぶ雄藩の長州は、戦士というよりは、多弁な思想家が多い。武士というのはこの時代、政治家タイプと戦士タイプに二極化していた。たぶん西南戦争で西郷が倒されたのを最後に、本当の武士である薩摩隼人は滅びたのでしょう。

この小説こそ「ラストサムライ」

というタイトルがふさわしい 


それと司馬さんの西郷隆盛観は秀逸です。西郷は「政治家」というよりもむしろ宗教の教祖のような存在だったと言っています。それでようやく納得できました。西郷が仲間の薩摩隼人たちから異常に愛されたのはもちろん彼の人徳によるものですが、あの熱狂的な西郷党はちょっと尋常ではないでしょう?すでにそのころの西郷は本人の意思をはなれて神格化されていたのだと思う。西郷の周りに集まっている人間たちは、熱狂的な西郷支持者であるのと同時に西郷原理主義者でもあったのだと思う。また「改革の象徴」として他藩からも利用されていた面もありました。孤独な西郷像が見えてきます。それとは対照的な人物は、薩摩の大久保。彼は薩摩では異色の官僚型の人間でした。西郷が今でも愛され続けているのに対し大久保は不人気。しかしこの小説を読むと大久保って結構いい奴かも?なんて思ったり(笑)彼は相手の話を聞くとき、相手を怖がらせないようにと、目をつぶって聞くという。このエピソードが好きです。極端に違う2人ですが西郷も大久保も清廉潔白という点では一致していました。

武士とはなんぞや?
と興味がある人は是非この小説を読んでください!
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越後長岡藩の筆頭家老河井継之助が主人公。長岡藩における河合の立場は首相みたいなもの。いちおうその上に藩主がいます。
時代は江戸幕府がついに政権を明け渡し新政府が樹立されるころ。北陸の小さな長岡藩は江戸幕府側につくか新政府側につくか決断を迫られます。小さな藩ではありますが、見て見ぬふりはできない。簡単にいうとこういうことです。

新政府「長岡藩さん、江戸幕府に味方する抵抗勢力を一掃するために手を貸してください」

河井の長岡藩「いや私たちの国は中立なのでお手伝いはできません」


と言い出したのです。
河井は長岡藩を中立国のような存在にしようと考えました。中立国といえばスイスを思い浮かべますが、戦争なんてしたくない!といって中立を出張してもそうさせてくれないのが戦争の怖さです。「おまえ、どっちの味方だ?はっきりしろ」と言われちゃう。だから中立するためには武力も必要。河井は武装中立国を目指します。

けれど河井の限界は「藩」が自分の「国」であるという認識を捨て切れなかったことだと思う。江戸幕府の時代は、河井のように多くの人が「藩」=自分の国という認識だったのですが、黒船がやってきて外国人を見てからは、坂本竜馬のように「日本」を意識する人が増えはじめた。それまでの日本は藩といういくつもの国に分裂していたようなものです。黒船事件で考えたことがあります。 たとえばもし宇宙人が地球に襲来するとします。そうしたらアメリカや日本という国の枠が消えて地球という国ができるかもしれない。 異物が侵入するとこのように劇的に同胞意識や連帯意識が生まれる。 日本は黒船という異物がやってきたことで、藩という国がなくなり日本という国が出来上がったのかもしれない。

河井は時代が確実に変わったあとも、その考えができなかった。
彼は長岡藩は自分の国であり、それ以外は外国であるという考えだった。彼にといって長岡人以外は外国人だった。 その結果、新政府に抵抗勢力と見られて滅ぼされるわけです。本作では河井は最後の武士だと言われていますが、たしかにそうかもしれない。いい意味でも悪い意味でも武士だったと思います。
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わたしが一番面白いと思っている江戸幕府が滅びる寸前のころのお話です。
(この時代を幕末と言います) 

幕府を滅ぼす原動力になったのが長州藩、土佐藩、薩摩藩。
土佐といえば坂本竜馬、薩摩といえば西郷隆盛。
では長州藩は?

本作は意外と地味な長州藩にスポットライトを当てています。「長州」を語る司馬さんの「長州論」にいつもながらに感心させられます。主役は松田松陰・高杉晋作の両名。西郷や竜馬とちがってビックネームではありませんが、個性的という意味では、幕末の偉人たちのなかでもNO1,2を争う2人だと思っています。

高杉晋作というと、将軍様の行列を前にして「いよっ!征夷大将軍!」と言ったエピソードが有名。彼はいつもひょうひょうとしていて「奇をてらう男」というイメージが私にはあります。司馬さんの描く高杉晋作も、「食わせ者」ということでは一致していたと思います。初代総理大臣伊藤博文は、高杉を評して「動けば雷電の如く、発すれば風雨のノ如し」なんて言っていることからも分かるように、時代の風雲児だったことが伺えます。

もう1人の主役松田松陰は、これまた超個性的で、火薬庫が歩いているような人物です。
歴史オタクになってくると坂本竜馬よりもあえて松田松陰を好きだという人が多いですね(笑) 彼は陽明学に影響を受けて「行動すること」をなによりも大切に考えていた人。今の政治家でいうと小泉純一郎タイプかな?ロマンティストで純情な一面も本作では見られます。


高杉晋作が偉大な「奇人」ならば、

松田松陰は愛すべき「変人」



ほんとうに個性的な2人です。司馬さんは、よく「長州は政治が下手だ」と言っていましたがこの2人が長州の政治下手を象徴しているようにおもいます。2人とも純粋すぎるのです。本当の幕末を知りたいなら坂本竜馬よりも長州を知りましょう。本作を読めば長州藩がどういう性格の藩だったかよく分かるかと思います。
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司馬遼太郎の快心の長編小説。
日本を代表する小説でしょう。

ようやく司馬さんの奥さんのGOサインが出て、今度NHKの大河ドラマで放映されることになりました。
この小説を書いているときの司馬さんは、多分、浮き浮きしていたと思う。
読んでいると、いかにも、楽しそうに書いているなぁ、ということを、肌で感じることができます。

左翼は、戦争を美化していると批判することはありますが、実は右翼も「司馬史観」なるものには、批判的です。 
しかし、この人の書いているものは小説であって、事実ではありません。
小説とは、事実を脚色したものなのです。


従って、司馬史観は真実ではない、

という議論じたいがナンセンス!


なのだと思います。

私はこの人が、小説のなかで、他国を一切貶さなさずに、常に自国同様に敬意を持って描いたことを高く評価したいと思います。日本人なら死ぬまでに読んでおきたい小説です。
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