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「道頓堀川」 宮本輝

(大阪:大黒橋) 本作は川よりも橋の描写に重点が置かれている
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阪神ファンが時折、飛び込んだりすることでニュースにもなる「道頓堀川」は、大阪の象徴的な川ですが、その川は見るからに汚れきっている。こういう川を舞台にした小説を書いても、あまり「絵」にならないのではないかと考えてしまうのですが、川三部作の共通点は、あくまでも生活に密着した川が描かれていることだと思います。

作者は川辺で生活する人間模様を描いてきた。本作はその川辺の喫茶店「リバー」で住み込みのバイトをしている邦彦という学生の視点で、彼にかかわる人間たちが描かれている。邦彦は19歳。父親はすでに亡くなっているという設定。たぶん川三部作の前2作同様に、今回も主人公は、作者の分身だと思われます。


邦彦の年齢当時の宮本輝は、事業に失敗した父親が亡くなった後であり、母と息子は、父の残した借金の取り立てから逃げるようにして転居している。しかし彼はそこで母親と一緒に住む家には寄り付かず、道頓堀界隈をふらつき、酒と博打に明け暮れる日々を送るようになったと言います。そういうところが、家を出て住み込みで生活している邦彦と重なる。

この作品ではあまり邦彦の過去には触れていない。父親の愛人だった女性と邦彦の不思議な交流が描かれていることと、彼の父親にお世話になったという店主が描かれているくらい。どちらにせよ家族を崩壊させた父親に好意を持っていた人物たちが次々に登場して、父親のことをあまり良く思っていない息子にいろいろ世話をするというところが面白い。親父が死んでいると知っているにもかかわらず、「オヤジさんのツケで食べはなれ」と邦彦(宮本輝) に言ってくれた店主の話は実話らしい。


川三部作の最終章である「道頓堀川」は、川よりも橋のほうが印象に残った。
水の都と言われている大阪では、よく考えてみれば当然のことかもしれない。
ここの住人の場合は、橋を利用しない生活は考えられない。
小説の中でも川より橋の描写がかなり多い。
たとえば、戎橋を渡ってリバーに歩いて来る武内の姿を見つめている邦彦のシーンや、大黒橋の上でのシーンなど。

 戎橋の次が道頓堀橋、その次が新戎橋、それから大黒橋に深里橋や。ほんでから住吉橋に西道頓堀橋、幸橋となるんやけど、その辺の橋に立って道頓堀をながめてると、人間にとっていったい何が大望で、何が小望かが判ってくるなァ

という台詞が印象に残ります。