「ルーアンの丘」 遠藤周作

e0065456_21261245.jpg


戦後まもなくフランスへ留学した遠藤周作の当時の日記です。
(戦後初の給付留学生とのこと)
じつに27歳のときであり、向上心に燃える若者という雰囲気が彼の日記から感じることができます。第二次世界大戦が終わったすぐあとに外国に行ったということで、この本は、敗戦国留学生の旅行日記みたいな感じもする。 やはりヒットラーのドイツほどじゃないでしょうが、「極悪の日本人」というイメージがよその国にはあり、日本人に対する差別がひどかったそうです。具体的に著者のフランス留学の詳細は下記のとおりになります。

フランスの現代カトリック文学を勉強するためフランス船で横浜港を旅立つ。
スエズ運河を航行中、船内ニュースで朝鮮戦争の勃発を知る。
マルセイユに上陸後、ルーアンの建築家ロビンヌ家に預けられる。
リヨン大学に入学しバディ教授の下で勉強する。
2年余りをリヨンで過ごし、フランスで30歳をむかえる。
その後パリに移るが、健康を害してジュルダン病院に入院。
そして帰国。

淡々と書かれた本ではありましたが、旅行の内容はチェゲバラの旅行記みたいにハードです。本にはいくつかの写真がありました。その写真の遠藤さんはたしかに若造です。10代くらいに見えます。髪形がやたらと気合がはいっていて、お洒落にとても関心が強いどこにでもいそうな青年のように見えます。マイヤーやフランソワーズというフランス女性たちとしっかり恋愛もしちゃってます。
青春を感じますね。
[PR]