虚空の旅人

本誌評価は★★★★☆ 4.3点
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バルサが登場しないため、読者によっては読まない可能性もあるが
この作品は面白いです。それだけは伝えておきます。
上橋ファンタジーの特徴は、政治色が濃いところにある。
つまり各王国をしっかり描いている。
各王国をしっかり描くためにはその国の民族をしっかり描く
民族対立や差別をしっかり描く。
それでいて暗くならないのは各地域に根差した風変わりな動物を細部まで描いたり
その国の食べ物をしっかり描いているからだと思う。
本作品はサンガル王国という国が舞台です。
この国の描写が非常緻密で脳裏に浮かんでくるほどです。
また、今回はアクション性は希薄ですが冒険度が高い。
遠い異国の国で冒険しているような感覚を味わえる。
舞台は海であるため、情景が美しい。
キーワードは「海」と「海賊」と「王国」です。
ファンタジーの王道と言って良いでしょう。
サンガル王国は空が真っ青で、暑い南国の国。
海賊という存在が王国のイメージと重なっている。
海賊臭を残した王族のタルサンが
今回の主人公チャグムの青臭い顔が気に食わずにぶん殴るシーンが痛快だ。
このタルサンの人物描写がなかなか面白い。
猪突猛進の王子であり、まんまとラスボスに操られてしまうのだが
どこか憎めないキャラクターとなっている。
この物語はなかなか先が読めないつくりになっている。
タルサンが助かるのかどうか、ハッピーエンドかほろ苦いバッドエンドか?
それが最後まで読み切れない。
物語の結末を左右する一番の要素は『ナユーグル・ライタの目』になってしまったエーシャナという少女。
彼女も助かるのかどうか最後まで読み切れなかった。

スリナァという泳ぎのうまい少女がこの物語の影の主人公。
ある意味でスリナァちゃんの大冒険劇という見方もできる。
この子がすごい。突然真っ暗闇の海で襲われるのだがこの子だけが助かる。
そのあとは、ディズニー映画「モアナ」のような海の大冒険をたった1人で行う。
本作品はモアナと似ており、海の匂いがする小説だ。
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たった1人の少女がどうやって強大な王国を動かすのか読者は興味津々に読み進めていくでしょう。
この少女はバルサのように強くはない。
しかし弱いながらも、家族を助けようとする思いや
親友のエシャーナを助けようとする思いは伝わってくる。

アンチチャグムだった私だが、本作品から彼を見直すようになった。
貴族臭が薄れ、人間臭さが見えるようになった。
弱者に対する痛みを理解するようになった。
特に死亡フラグが立っていたエーシャナを何とか助けようとするところがいい。
読んでいてハラハラする理由は結末が読めないからです。
助けたい人物たちが助かる見込みが見つからないことが大きい。
タルサンは王子殺しの未遂犯。助かるイメージが湧かない。
エシャーナも王様殺しの未遂犯。どう決着をつけるのか想像もできない。
両者を助けるための落としどころが見えてこなかった。
特にエシャーナなど王国にとっては蚊のように小さな存在。
「大義」のために消されても仕方ないことだという描写が続く。
この時点でほろ苦いバッドエンドが頭にちらつく。
だからこそ、スリナァちゃんが真っ黒の海の中に飛び込んだときは感動しましたね。
そのあとにタルサンも続いて飛び込む。
お前らバカかと言いながら涙を流してしまった。
そして最後は怒涛の大ハッピーエンド。やっぱりハッピーエンドは素晴らしい。
現実は厳しい世界です。
しかしせめてファンタジーの世界だけは常にハッピーエンドであってもらいたい。
上橋ファンタジーを読んで心から良かったなと思える作品でした。
南国の世界にずっと浸っていたくなります。
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